佐々木さんとの取材、執筆許可から、二年以上が過ぎていた。
そして、いつの間にか疎遠になってしまっていた。 携帯の番号が変わっていた為、連絡を取る方法が無かったのである。 取材とはいえ、体験者のプライバシーを配慮するのが信条。 住んでいる場所を漠然と知ってはいたが、それ以上、詮索するのは体験者の気持ちを汲んでいないことになる。 私の携帯番号は変わっていない為、いつかまた連絡がくるだろう、と考えていた。 ――佐々木さんの無事を祈りながらではあったのだが……。 そんなある日のこと。 買い物で街へ出掛けていると、通りの向こうから歩いてくる男に自然と目が向いた。 痩せ細ってはいたが、佐々木さんだと確信できた。 逡巡したが声を掛けると、私のことを覚えていてくれた。 しかし、どこか余所余所しい。 私としては懐かしさと無事を安堵したこともあり、近くの喫茶店での会話を持ちかけてみた。 佐々木さんが醸し出すどこか他人行儀な理由を、そこで聞けることとなった。 「あの件を知る人とは、距離を置きたかったんですよ」 佐々木さんは精神的にかなり参っていたようだ。 聞くと、一年程前から夢に伊藤さんが出るようになった、という。 夢の中の伊藤さんは、首を吊った状態で現れる。 大きく見開かれた目。言葉を発していないがパクパクと動く口からは、息が漏れているのが分かる。 佐々木さんは恐怖の余り、夢から覚める。 しかし、全身の自由は利かない。所謂、金縛り状態。 そうすると、仰向けに寝た状態の足元から、布団の上を這うように伊藤さんが現れる。 夢の中と同じ表情を浮かべ、血の気を感じさせない青白い顔を近づける。 (助けて!!) 心の中で叫んだ瞬間、首を両手で締められる。 力強く、冷たい手を感じながら、佐々木さんの意識は薄れる。 そして、気がついたら朝を迎えているという。 夢ではない証拠に佐々木さんの首には、手で締められた痕がしっかりと残されていた。 私も確認させてもらったが、うっすらと痣のように残る痕は、自分で締めたものでは無いことは明らかだった。 喉仏の左右に、両親指で強く押されたような痕。 そしてそこから、両外側に広がるように線が残されていた。 自分で首を締めてみるとよく分かるが、通常力を入れて締める場合、親指を交差させる必要がある。そういう点からも第三者が関与しなければ、同じような痕を残すことは不可能と思える。 そんな奇怪な痕が、首に刻まれていた。 佐々木さんはその状況に独り耐え続ける。 眠ることが怖くなり、必死に起き続けようと抗った。 しかし、睡魔には勝てず、同じことを繰り返す。 結果、明らかな睡眠障害に陥ったのは確かだった。 佐々木さんは視線も虚ろで、病的な表情を浮かべる。 そんな状態では、当然、仕事も結果を残せない。 社内では、リストラ要員に名前が挙がっているという。 「それでね、三日前に『もうどうなってもいいや』ってタイミング良く目の前に現れた水晶球を拾ったんですよ」 佐々木さんはポケットから水晶球取り出し、テーブルの上にそっと置いた。 水晶球の中央部分には以前、話に聞いていた通り、絡み合うような線が入っている。 白い線と黄土色に近いような線。そして、朱色の線も新たに加わっているようだ。 ――触れてはいけない。 私の本能がそう叫ぶ。 「持ってて、大丈夫なんですか?」 私にはそれしか言いようがなかった。 話を聞くと、佐々木さんも拾った途端、我に返ったらしい。 仕事帰りに職場の近くにあるお寺に持ちこみ、供養を願い納めてきたという。 しかし帰宅後、アパートの床には水晶球が転がっていた。 ――逃げられない。 佐々木さんはそう感じたという。 私から霊能力者などに頼る提案をしてみたが、既に電話で確認をしていたようだ。 「うちでは対応できません」 どこの答えもそうだったという。 過去の事例を振り返るに、凡そ一週間で不幸が訪れていると思えた。 そう考えると時間が無い。 その後、お互いに沈黙が続くが、頭の中では打開策を必死に考えていた。 私も既に無関係ではない。この話には関わっている。 そして何より、佐々木さんを見捨てるような真似はできなかった。 一時間程経過した頃、ふっと頭に浮かんだことがあった。 ――伊藤さんは、水晶球にお化けが入っている、と言っていた。 (それならば、自分の土地に返してあげるのが筋ではなかろうか?) 佐々木さんに提案すると、同時にその考えが頭を過ぎったそうだ。 そうなると話は早い。 二人で例の場所へ向かうこととなった。 訪れた土地は既に雑草が生い茂り、スポットだった頃の面影は全く無かった。 私の車に常備しているお線香を携え、昔の記憶を頼りに問題の場所を特定する。 少し離れた場所にある住宅からの位置関係から、間違いないものと思われた。 雑草を引っこ抜き、五十センチ程の空間を作る。 近くに落ちていた木を使い、十センチの穴を掘った。 そこへ水晶球を入れ、お線香を焚き、二人で手を合わせる。 ――パキッ 周囲の風の音に掻き消されることなく、乾いた音が耳に響いた。 目を開けた二人の前には、断面が波打つように割れた水晶球があった。 そして、中央にあった絡み合う線は消えていた。 ――これで全てが終わった、と漠然とした確信が湧いた。 水晶を完全に埋め、また二人で手を合わせる。 祈る対象は不明だが、死者の成仏を只管願い続けた。 ふと気がつくと、周囲を夕闇が包んでいた。 自分の感覚では十分程度の時間しか、過ぎていない筈だった。 しかし実際には、数時間が二人の記憶から失われていた。 それは異世界にでも迷い込んだような、不思議な体験だった。 帰りの道中、佐々木さんの表情は憑き物が取れたように一変し、明るくなった。 精神的なもの、と言われるかもしれない。気の持ちよう、と言われるかもしれない。 ただ、佐々木さんが現在も元気でいることは確かである。 また、水晶球が現れなくなった事実も確かといえる。 ……ただ、伊藤さんは時折夢に現れている。 首を締められるような実的被害は無い。 立ち尽くした状態で、恨めしそうに佐々木さんを睨み続けるだけだそうだ。 徐々に夢に見る頻度が減ってきており、その姿も薄く現れるように変化し続けているという。 以上の点からもやがて見なくなるだろうと、私も佐々木さんも信じ、また願っている。 |
佐々木さんは十五年程前、バーテンダー見習いとして働いていた。
「当時僕は二十歳で、不慣れな接客とカクテルを覚える事で忙しい日々を過ごしていました。幸いお店の中では最年少ということで、他のスタッフやお客さんからも可愛がって貰っていました」 ある日の夜、常連客の伊藤さんがご機嫌な様子で来店した。 店で一番高いボトルを入れ、スタッフ全員にお酒を振る舞い始める。 お酒の弱い佐々木さんにも「男ならこれぐらい飲めないとな……」と、半ば強引に飲ませ続けた。 伊藤さんがご機嫌に飲み続ける中、その後来店してくれたお客様は何故か腰が据わらず、お酒を一、二杯飲むと次々と店を後にした。 次第に店は伊藤さんの貸し切り状態になっていく。 手持ち無沙汰なその日のスタッフ総勢五名は、自然と伊藤さんの周りに集まり談笑を始めた。 上機嫌の伊藤さんの声は益々大きくなり、自慢話をしながらも、どんどんとスタッフにお酒を振る舞っていく。 二時間程飲み続けた後、「今日は、何でこんなに羽振りがいいかって……」と突然話を切り出してきた。 伊藤さんは、先程とはうってかわった様な真剣な顔つきになり、「俺には小さい頃から不思議な力があったんだ」と話し始めた。 「幽霊といわれるものが見えたり、数日後の出来事を夢で見たり、大喧嘩をした友人はその日の内に事故に巻き込まれ怪我を負っていた」と得意そうに続ける。 どうやら伊藤さんにとってその力は、誇らしいものであったようだ。 その力を有効利用する為に、呪術の本などを読み漁り、独学ながらも色々と知識を身に付けていった結果、長年の研究の結晶といえる物がついに完成したのだ、と自慢気に言い放った。 突拍子も無い話の内容だけにスタッフの全員が引いていた。 愛想笑いをしつつも忙しい振りをし始めて、次々とスタッフはその場から離れて行く。 残されたのは佐々木さん唯一人。 酩酊している伊藤さんの自慢話は続く。 「その結晶のお陰で、今日は二十万勝ったんだ。あれ、なにその顔は? 信じない? じゃあ、これなんだと思う?」 目の前に差し出されたのは、直径一センチ程の丸い球。 佐々木さんには、ガラス球かビー玉に見えたという。 「それなあ、水晶。……それが俺の力の結晶」 佐々木さんは顔を近付けて、よくその球を覗き込んだ。 一見無色な球体の中央には、真っ白い線と濁った黄色い線が、複雑に絡み合うように模様を作っていた。 佐々木さんにとっての水晶は、無色透明な物でもっと大きい物というイメージがあった為、思わず「これが水晶なんですか?」と口走ってしまった。 伊藤さんも佐々木さんの考えを見透かしたように、「特別だぞ……」と声のトーンを落として話を続ける。 「○区のお化け屋敷を知ってるよな……」 そのお化け屋敷は当時有名な心霊スポットで、一人息子が金属バットで一家全員を撲殺した後に縊死体として発見された、という曰く付きの場所だった。 そこを訪れる殆どの人は、壁を物凄い音で叩く音や、一階に居ると誰も居ない二階からドカドカと走り回る音が聞こえたという。 佐々木さんはつい先日、「暴走族が肝試しに行った後に全焼した」という話をお客様から聞いていた。火の不始末が原因との事だった。 「あの燃えちゃったお化け屋敷ですよね」 伊藤さんのトーンに合わせて佐々木さんが答える。 「そう、あそこのお化けがここに居る」と言いながら、伊藤さんは水晶を指差した。 「秘術だから教えられないが、あの家に仕込んで置いたんだよ。丁度、回収した後に燃えてくれて良かったよ。危うく細工がダメになる所だった。でも、これさえあれば、望みは何でも叶う」 落ち着いた口調ながらも爛々と目を輝かせる伊藤さんを、とても普通の状態とは思えなかった。 (お化けって……?) 佐々木さんは言っている意味がさっぱり分からなかったが、とりあえず頷くしかなかった。伊藤さんに逆らう態度をするのが、怖く感じられたという。 助けを求めたい店のスタッフは忙しそうな振りを続け、近づこうとはしてこない。 気もそぞろに適当に相槌を打ち続ける佐々木さんに腹が立ったのか、伊藤さんは徐々に興奮して声を荒げだした。 「信じてないだろ。今日の飲み代もこれのおかげ……。パチンコだって、宝くじだってなんでも勝てるの……。もう、お金に困らないの、分かる……?」 怒らせないようにと宥める佐々木さんの態度が、酔った伊藤さんを激昂させてしまった。 突然、勢いよく水割りを飲み干すと、グラスに残った氷を灰皿に空ける。 「力を見せてやるよ! ほら!!」 水晶を握り、「ふん!」と気合を込めた途端、伊藤さんのグラスは音も立てずに斜め一直線に割れた。 斬られた、という表現が正しいと思える程、真っ二つに分かれた断面は綺麗だった。 伊藤さんは唖然として何もいえない佐々木さんを一瞥すると、「もういい。今日は帰る」と不機嫌そうに会計を済ませて帰っていった。 目の前で起きた出来事に大変驚いていた佐々木さんも、時間が経つに連れ興奮し始めた。 当然、二つに分かれたグラスを見た他のスタッフも、何があったのかとしつこく訊ねてくる。 佐々木さんは少し得意そうにあったこと全てを話した。 他のスタッフは次々とグラスを手に取り、繁々と眺め始める。 伊藤さんにそんな力があるとは、誰も知らなかった。説明の付かない何か凄い力に各々単純に興奮し、次回は目の前で見せて貰おうと一同は大いに盛り上がった。 しかし、来店から一週間が過ぎた頃、他の常連さんから伊藤さんが自宅で縊死したと聞かされた。 「反応が急に百八十度変わって、スタッフの間では呪いじゃないかと騒ぎ始めました。あの水晶が原因だろうと。なにしろ、お化けが入っていると言っていたので……。問題の水晶は一体どうなったのか、と暫くの間は話題になりました」 伊藤さんの死から半年程経った頃、スタッフの一人、東さんの羽振りが良くなりだした。 ギャンブルで負けることが無くなったという。 間も無く店を辞めて、パチプロとして生きて行くと言い出し始めた。 周囲は必死に説得したが、その甲斐も無く結局辞めてしまった。 「店長は辞めてからもずっと気になっていたらしく様子窺いで、退職から丁度一ヵ月後に自宅に電話をしてみたそうなんです」 電話には、東さんの母親が出た。 東さんは退職から一週間が過ぎた頃、自分の部屋で縊死していた。 遺書めいた物は何も残されておらず、家族には自殺をするような素振りは一切見せていなかったらしい。 その日の内に弔問に訪れた店長は、ご両親から最後の遺品が見当たらないという話を聞かされた。 死んだ時に握り締めていた小さなガラス球のような物が、忽然と消えてしまったというのだ。 スタッフから水晶の話を聞かされていた店長は、瞬時に〈あの水晶〉に違いないと思った。 言い知れぬ不安を感じた店長は、挨拶もそこそこに東さんの家を後にした。 夕方出勤した店長は、暗い表情でスタッフに弔問時のやりとりを説明した。 (東さんと伊藤さんは公私に渡る付き合いではなかった筈。じゃあ、何故……) 誰もがその点が腑に落ちなかった。 ただ、あの水晶に間違いないという確信だけは皆、不思議と持てたという。 スタッフの誰もが、重苦しい空気を隠しながらその日の勤務を終えた。 揃ってフロアーの後片付けをしていると、「コトッ……」と小さな音と共に、佐々木さんの足元へ何かが転がり落ちてきた。 それは目の前の、何も無い空中から突然現れたように感じられた。 何気なく、屈み込んで拾おうとした手が止まる。 ――あの水晶だった。 「ヒッ……」 普通じゃない高い声の悲鳴に、他のスタッフが集まってきた。 まともに声を出せないまま必死に水晶のあった場所を指差すが、一瞬目を離した隙に水晶の姿は忽然と消え失せていた。 動揺を隠せないまま佐々木さんは、水晶の事をスタッフに矢継ぎ早に説明する。 暫くの間沈黙が続き、フロアー内は張り詰めた空気が漂った。 その後、各々冷静に努めながら、蒼ざめた顔で話し合う。 結局、出された結論は『水晶を見ても触らない事・関わらない事』という事だった。 変な噂が立つと商売にも関わるので、他言無用も鉄則となった。 「ただ、その後も結構、お店の中で見かけました。他のスタッフの前にも転がり出てきたそうです」 それから半年が過ぎる頃には、次第に常連客の数も減っていった。人伝に聞いた話では、やはり自殺をしていたらしい。 「スタッフの間では東さん同様に、水晶に取り憑かれたんだろうという事になっていました」 そして、話を知るスタッフは次々と辞めていった。 「原因の伊藤さんが一体何をしたのかは分からないままです。結局、経営はどんどん悪化し、お店は閉める事になっちゃいましたし、私が知っているだけでも十一人が首を吊ったんです。ありえないでしょう、普通……」 佐々木さんも皆に倣い、普通のサラリーマンに転職した。 しかし新しい職場でも、目の前に転がってきた水晶を数回目撃している。 他の社員にそれと無く訊ねてみたが、誰も水晶を見た事は無いらしい。実際、社員の中で亡くなった者は誰一人現れていない。 そして佐々木さんが最後に目撃した日から、一年が過ぎようとしている。 「今現在、あの水晶が何処にあるのかは、気になりますよね。当時のスタッフとは連絡がつかない状態なので何の情報も無いんですよ」 佐々木さんは未だにその手の大きさの物が目の前に転がって来ると、身体が過敏に反応してしまうという。 ただ、逃れられたという自信と確信が欲しいだけだと溜息交じりに話し終えた。 |
前作の『展怪』では、視点の違いで訪れる怪を書き記した。
そして、今回の『展怪2』では、過去にとある場所で発表した話を取り上げてみた。 発表時は、そこまでの話でしかなかった。 ――しかし、終わってはいなかった。 怪の終わりは、誰にもはっきりとは分からない。 「そういった意味では新たな局面を向かえることも、『展怪』といえるのではなかろうか?」 という思いから、この話を取り上げてみた。 『晶働』が以前に発表されたもの。 そして、『晶働―その後―』が新たに書き記したもの。 その二つが合わさり、完全版となる。 訊き伝えとルポ形式の文では、読者の方は違和感を覚えるかもしれない。 そこを敢えて、この手法で書かせて頂いた。 実話怪談とは、実録取材の一面を持っている。 私は、「最後まで付き合うことも、体験者や怪異に対して礼を尽くすということになるのではないだろうか?」という思いを常に持ち続けている。 それでは、一つの話にお付き合い頂きたい。 |
誰にでも、人生に措いての出会いと別れがある。
素敵な出会いには心が躍るし、悲しい別れには涙する。 しかし、今生の別れは悲しさだけを残すものなのだろうか? 思い出、という言葉では足りないくらいの大切な物を、私達に托してくれているように私は感じます。 その思いを引き継ぎ、私達は前を向いて歩いていかなければならないと痛感するのです。 この話は、私が出会った人について書かれています。 感情が前面に出過ぎて不細工な文章であることを、予めお詫び致します。 それでも書き残したかった。 誰かに知ってもらいたかった。 そして、私が受け継がなければならないものを、再確認する意味も込められています。 読後に何かが残り、伝わることがあれば嬉しい限りです。 |
草木も眠る丑三つ時。私の携帯がメール着信で震えた。
「やれやれ……」 ディスプレイには、『556-666』という数字が表示されている。 「正法翁の招集か……。単位がぎりぎりなんだがなぁ」 私はクローゼットの扉を開けると、シューターに滑り込んだ。 超高速で滑り続けること三分、私は竹の子社屋の地下666階に到着した。 既にメンバーは集結していた。仕方が無い、私が九州ということもあり、一番遠い場所にいるのだから。 いつものように着信メールを表示させ、先に到着しているメンバーに確認してもらう。 「うむ」 いつも、この手順はなんとかならないものか? とは思うのだが、他者を排除する為の決まりなのだから仕方が無い。 因みに、『556-666』という数字は、『こころのオーメン』という意味になる。これも一時期、映画評論家として活躍していた正法翁が決めた暗号だ。 「ア=ミャマ=ミャマ、久しぶりだね。また胸が大きくなったんじゃない?」 グリーンがそう声を掛けてきた。 私は表向きは、男性看護士として知られているが、実は某大学に通う女子大生である。 口調は世間を欺く為に男言葉を使用しているが、生粋のやまとなでしこだと強調しておきたい。 単なる学生が、何故、この場にいるのか? と思う者も多いだろう。 私には『人の心を読む』という特殊能力がある。どこでそれを聞きつけたのか分からないが正法翁の耳に伝わり、メンバーとして採用された、という訳だ。 全ては、竹の子書房を全世界に発信する為の道具として。 そうそう、他の地下メンバーも紹介しておいた方が、話は早いだろう。 【エージェントNo.1 グリーン】 表向きは怪談作家と編集者として知られているが、実際は過去にグリーンベレーとして、幾多の戦場を渡り歩いてきた男だ。その名残としてニックネームをグリーンとし、髪を緑に染め上げている。軍服マニア、と思われがちだが、実用的な為に蒐集しているのだ。勿論、有事の際は、暗殺術が闇の中で披露される。AZUKIと呼ばれる由縁は、戦場で仲良くなったフランス人が、「ニッポン、アカフク、ウマイネー。アンハ、ナニデ、デキマスカ?」と聞かれた際に、「小豆」と答えたことが始まりと言われている。 【エージェントNo.2 28号】 表向きは某所で某仕事をしているのだが、当然それも仮の姿。28号と呼ばれる理由は、破壊工作サイボーグの28代目に当たるからだ。竹の子書房では『秘密工作課』に属しているのだが、これは真実そのものである。通常ならば隠すべき存在なのかもしれないが、嘘(竹の子書房という仮の電子書籍出版社)に真実を混ぜることでカムフラージュに成功している例といえよう。因みに1~27号は諸外国での活動時、敵を殲滅するのと同時に派手に散った。立派な最後だったと聞く。 【エージェントNo.3 ソムリエ】 表向きはライターや特撮マニアとして知られている。しかしこれも仮の姿。毎週日曜日に放送されている『サデとコータのニョキニョキラジオ』で、その真価は発揮されている。オープニング時の「どっこいしょ」と、怪談時の「怖ぇ~。ぷっちょ、ぷっちょ」には洗脳効果がある。最近では徐々にリスナーが増え始め、「ジーク、竹の子!!」という声が街中で聞かれることが多くなってきた。機が満ちたら、正法翁の命をソムリエが下すであろう。その時、日本は大きく変わるのだ。すべてが翁の願う方向に、と。 私は一応、No.4ということになる。このメンバーが四天王と呼ばれる存在になる。 おっと、いけない。正法翁のことに触れていないようだ。 竹の子内では、正法翁は故人となっている。冗談じゃない、あの爺はそんな玉じゃない。 確かに身体は朽ち果てている。概念としては、『死』と呼ぶのだろう。しかし―― ――執念の鬼と化して生きているのだ。日本を、いや世界を我が物にする為に。 初めて出会ったのは、丁度一年前に、この道を通った夜。 えっ?! どの道だって?! どこかで聴いたフレーズだって?! そんな野暮は言うなよ。 兎に角、28号にクロロホルムを嗅がされ、この場に連れ込まれた。 目が覚めると、目の前に猫がいたんだ。ああ、ふわふわとした猫さ。 すると突然、その猫が喋り出した。 「私のことは、万夜と呼んでもらおう。室長でも良い」 最初は、夢でも見てるのかと思ったね。しかし、夢じゃないことはすぐに気づかされたさ。 その猫の頭部が、パカッと左右に開いたんだ。観音開きってやつだな。 その中には、どこかで見覚えのある物が存在していたんだ。 「め、メロンパン入れ?」 思わず口からこぼれた台詞で理解できるだろう? そう、万夜室長=正法翁ということさ。 おっと、翁の登場だ。少々、黙るぜ。 「お前たちに指令を下す。最近、吾輩の存在に気づき始めた者がいるらしい。まだ、最終目的を知られる訳にはいかぬ。そこでだ、竹の子創立一周年企画と銘打って、吾輩のことを煙に巻くのだ。いけ! 四天王よ!」 No.1~3は一瞬で姿を消した。奴等の行動の早さは尋常ではない。 おっと、室長、いや正法翁が睨みを利かせている。 私も、消される前に動かないとな。 「まったく……。やれやれだぜ」 |